経験していないのに、覚えている感覚

最近は「タイパ」や「コスパ」という言葉をよく耳にします。
短時間で効率よく情報を得ること。
最短距離で答えに辿り着くこと。
もちろん、それ自体は悪いことではないと思います。
ただ、その一方で、効率だけでは得られないものもあるのではないかと感じています。
そのひとつが、本を読む時間です。
本の中には、自分ではない誰かの人生があります。
例えば、男性である自分が、女性主人公の視点で物語を読む。
すると、普段の生活では通り過ぎていた感情や景色に触れることがあります。

また、子供が主人公の物語を読むと、自分の子供時代を思い出します。
当時はうまく言葉にできなかった感情まで、不思議と蘇ってくることがあります。20代の登場人物の恋愛描写を読んでいて、若い頃の自分を思い出すこともあります。
そして、当時付き合っていた相手が、どんな気持ちだったのかを、今になって少し理解できる瞬間もあります。

もちろん、それが正しい解釈かどうかはわかりません。
でも、本を読んでいると、自分ひとりの人生だけでは辿り着けなかった感情や視点に出会うことがあります。
小説の中には、自分とは違う年齢、性別、立場、価値観を持つ人がたくさん登場します。
その人生を追体験しているうちに、自分の中に少しずつ新しい感覚が残っていく。
それは「異世界体験」というほど大袈裟なものではありません。
ただ、自分だけの人生を生きていると見えなかった景色を、少しだけ見せてくれる感覚です。


今は、答えをすぐに知ることができる時代です。
動画を見れば要約もしてくれますし、AIに聞けば簡単に情報も得られます。
でも、本には「遠回りする時間」があります。登場人物の気持ちを考えたり、自分の過去と重ねたりしながら、ゆっくり読み進めていく。
その時間の中で、自分の記憶や価値観まで少しずつ変化していくことがあります。
実際には経験していないはずなのに、読んだ物語の景色や感情だけは、自分の中に残っている。
そんな感覚があります。
だからこそ、効率ばかりが求められる今の時代に、本を読む時間には意味があるのかもしれません。

R&D本部 SH

新着記事

TOP PAGE