
デザイナー経験者であれば、一度は見聞きしたことのあるこの一言。まるで都市伝説のような話ですが、私は実際に新人時代、上司であるアートディレクターから言われたことがあります。
そのときは、正直、なぜそんなことを言われるのか理解できませんでした。紙の裏にアイデアを描くことに、何の問題があるのだろう?と感じていました。でも、今ならわかります。
この一言には、深い意味が込められていたのです。
時代は変わり、WebやUIデザインが主流になった今でも、この言葉は私の中で生き続けています。
「裏紙を使うな」というのは、資源の無駄遣いを肯定しているわけではありません。
たとえば、料理人が毎回まな板を清潔にしてから調理を始めるように、それは“素材”を大切に扱うための準備でもあるのです。
使い古した紙に描くことは、昨日の考えや雑音の上に今日の思考を重ねるようなもの。
逆に、真っ白な紙は、自分の思考をゼロから丁寧に扱うための“空間”を用意してくれます。
散らかったデスクや、使い古された紙(何がうっすらと見える状態)にラフを描いていると、頭の中もどこか雑然としてしまう。逆に、真っ白な紙、整った机、新しいノートは、思考をリセットし、より純粋に考えることへと導いてくれます。
つまり、「無」の状態を整えること。余計な情報や過去の思考にとらわれず、まっさらな状態で課題と向き合う覚悟。それが、この言葉に込められていたのだと思います。
もちろん、デスクにお気に入りの雑貨を置いたり、カオスな空間の中からアイデアを生み出すタイプの人もいます。そうしたスタイルで素晴らしい成果を上げる人がいるのも事実です。
でも私は、環境が思考をつくると信じています。机の上が整っているか、紙が真っ白か。それだけで、出てくるアイデアがまったく変わってくる。
私は凡人デザイナーなので環境の影響を強く受けます。だからこそ、自分のパフォーマンスを最大化するために、整えることを大事にしてきました。
裏紙を使わない。机を整える。新しいノートを用意する。それは私にとって、「自分の力を信じるための準備」です。
どんなにツールが進化しても、どんなに効率が求められても、デザインに必要なのは「どう向き合うか」という姿勢。それを教えてくれた“あの言葉”に、今も感謝しています。
これからも、環境を整えることを怠らず、真っ白な紙に向かうように、思考もまっさらにして
一つひとつのデザインと、まっすぐ、誠実に向き合っていこうと思います。
あの言葉は、今も私の手を、そっと正しい方向へ導いてくれているのです。
R&D本部 H.S.